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コラム

【しくじり企業】インジェン社はなぜ、三度も同じ過ちを繰り返したのか。ネドリーの安月給から、インドミナスの減価償却まで

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「金に糸目はつけなかった」と豪語した男の会社は、なぜ同じ過ちを三度も繰り返したのか。
インジェン社は、マイクル・クライトンが生み出した架空のバイオテック企業だ。技術者への未払い、乱獲、隠蔽——単なる悪役の記号にしては、その転落の型が三十年近く続くシリーズを通して奇妙なほど一貫している。創業者ハモンドの理想主義から、マスラニ・グローバル傘下での軍事転用まで。経営者は代わり続けたが、危機のたびに同じ選択をする会社の癖だけは変わらなかった。
三本の映画を辿ると、その癖の正体が見えてくる。

本記事は『ジュラシック・パーク』『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』『ジュラシック・ワールド』の内容に触れる考察記事です。結末部分を含みます。

コラム映画『ジュラシック・パーク』は公開3年後、277回失敗した末に生まれたクローン羊と符合した

「金に糸目はつけない」男が、自社のエンジニアには出し渋った

ジュラシック・パーク
© ジュラシック・パーク — TMDB

恐竜には湯水のように使うのに、社員一人への昇給は渋る

ジョン・ハモンドは劇中で繰り返し同じ台詞を口にする。「金に糸目はつけなかった」(原語:”We spared no expense”)。恐竜のクローン技術、島全体のインフラ、招待した専門家たちへの報酬。パークを彩るすべてに添えられる、誇らしげな枕詞。

だが、その言葉が届かなかった相手が一人いる。パーク全体の管理システムを一人で構築していた技術者、デニス・ネドリーだ。「200万行のコードをデバッグできる人間を、この見積もりで見つけられるか」(原語:”debug two million lines of code for what I bid for this job”)と、彼自身が劇中でその無理を言い当てている。

一人のエンジニアに背負わせた代償

ネドリーは当初、自分の作業量を安く見積もって契約した。なのに実際の開発は想定を大きく超え、低賃金のまま過重労働を強いられる。しかも昇給を訴えても、ハモンドの返答は素っ気ない。金の悩みは君自身の問題だ、と切り捨てる。ネドリーは後にドジソンへこうこぼす。ハモンドは招いた古生物学者への支払いは渋らないのに、自社のスタッフには金を出さない、と。

この不満が、恐竜の胚を競合バイオシン社へ密売する動機になる。ネドリーは自分の逃走用に、パーク全体のセキュリティシステムを一時停止させる。電気柵は停止、監視カメラは沈黙、恐竜たちを閉じ込めていた境界線そのものが消失。島を襲った混乱の発端は、台風でも恐竜の凶暴性でもない――社内の給与交渉の失敗だった。

「生命は、道を見つける」——安全策はなぜ抜け穴だらけだったのか

ジュラシック・パーク
© ジュラシック・パーク — TMDB

完璧なはずの安全策

パークの恐竜は、すべてメスとして生まれるよう設計されていた。オスがいなければ繁殖は起きない。理論上は完璧な安全策だ。生殖能力を持つ個体が生まれる余地は、設計図の上ではゼロだったはずだ。

ところが恐竜の遺伝子配列には、化石から抽出しただけでは埋まらない欠損がある。インジェン社はその穴を、両生類のDNAで埋めた。使われたのは、環境によって性が入れ替わる性質を持つ、西アフリカ産のカエルの遺伝子だった。

「生命は、道を見つける」

数学者イアン・マルコムは、この設計思想そのものに懐疑を示す。「生命は、道を見つける」(原語:”Life finds a way”)。まだ恐竜が誰の目にも脅威に見えていない、物語の序盤の台詞だ。物語の終盤、グラント博士は恐竜の卵を発見し、この一言が正しかったことを証明する。全メスによる安全策は、生物としての抜け穴を最後まで塞ぎきれていなかった。

この欠陥は、悪意の産物ではない。急いで市場に出すために、検証を後回しにした結果だ。同じ検証不足が、ネドリーに背負わせたシステム構築にも当てはまる。人手も時間も足りないまま見切り発車する——確認より前進を選ぶ、インジェン社の悪癖の萌芽。この時代の遺伝子操作技術が抱えていた制約そのものは、映画『ジュラシック・パーク』は公開3年後、277回失敗した末に生まれたクローン羊と符合したで別の角度から扱っている。

ハモンドを追い出した男が選んだ、もう一つの近道

ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク
© ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク — TMDB

訴訟の重みが、創業者を追い出した

パーク崩壊の代償は、ハモンド自身にも及ぶ。イスラ・ソルナ島(サイトB)での事故を巡る訴訟の重圧を受け、取締役会はハモンドをCEOの座から降ろす。後任に選ばれたのは、甥のピーター・ラドローだった。創業者の理想は、この交代を境に会社から締め出される。

インジェン社はこの時点で、倒産寸前にある。ラドローが取締役会に提示した再建案は、サイトBに残る恐竜を捕獲し、アメリカ本土サンディエゴに新たな展示パークを開く案だった。承認を得た彼は傭兵部隊を雇用、島の恐竜を乱獲。ハモンドが唱えていた研究・保全の建前は、この瞬間に完全な見世物興行へと姿を変える。

サンディエゴで起きた、劇中で説明されない惨事

輸送船で運ばれていたオスのティラノサウルスは、船上で暴走し、サンディエゴの市街地へ上陸する。輸送中に何が起きたのか、劇中は多くを語らない。乗組員は全滅した状態で発見されるが、その経緯は明示されないまま物語は進む。

はっきりしているのは一点だけだ。会社側は、自分たちが引き起こした惨事の全容さえ正確に把握していなかった。捕獲から輸送まで、どの段階の管理に穴があったのか——その答えを観客に示す者は誰もいない。当のラドロー自身も、逃げ出した幼体を自ら取り戻そうとして親のティラノサウルスに追い詰められ、幼体の最初の獲物として差し出される形で退場した。倒産を避けるための一手は、街を一つ巻き込んだ末に、乱獲を主導した本人の命まで持っていった。この手の最期は、シリーズを通せば決して珍しくない。ジュラシックシリーズ全作の死亡シーンを振り返ると演出の変化が見えてくる

マスラニに買われてもなお、インジェンの体質は変わらなかった

ジュラシック・ワールド
© ジュラシック・ワールド — TMDB

買収されても、密約は続いていた

ハモンドの死後、インジェン社はマスラニ・グローバル社に買収され、その完全子会社になる。創業家の理想主義は、大企業の一部門へと縮小される。それでも会社の体質だけは、資本が変わってもそのまま残った。

遺伝学者ヘンリー・ウーと、インジェン警備部門責任者ヴィック・ホスキンスは、親会社サイモン・マスラニ本人にも隠れて、新種恐竜インドミナス・レックスと訓練されたラプター部隊を軍事転用する計画を進めていた。買収され、経営陣が入れ替わっても、社内で密約を結んで隠しごとを進める体質だけは残っていた。

ウーは、この時点で新顔ではない。全メス化とカエルのDNAによる安全策を設計した張本人こそ、この同じヘンリー・ウーだった。抜け穴だらけの安全策を作った男が、二十年以上の時を経て、今度は恐竜そのものを兵器に変える計画に加担している。会社の名義や資本構成は書き換わっても、ウーだけは机の前に居座り続けた。

観光アトラクションのふりをした兵器

表向きは新しい観光の目玉。しかし開発の裏では、擬態能力と学習能力を高めた個体を作ることが目的になっていた。マスラニの死後、ホスキンスは主導権を握り、オーウェンが訓練したラプター部隊を、逃走したインドミナスの実地試験に投入しようとする。パークが崩壊しかけている非常時さえ、彼にとっては新しい戦力の実験場に見えていた。密約で物事を進めるこのやり方だけは、社名が変わるたびに次の経営陣へ引き継がれていった。

客より先に守ったのは、逃げた資産だった

ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク
© ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク — TMDB

客より先に、資産を守った理由

インドミナスが檻を破った瞬間、運営責任者クレアが選んだのは、島全域への避難勧告ではなかった。対恐竜部隊(ACU)に下した指示は、非致死性の装備での捕獲。オーウェンは全面避難を主張するが、クレアは拒み、北エリアを閉鎖して来園者を安全区画へ誘導する限定的な対応にとどめる。

単なる隠蔽と片付けるより、財務の理屈で見たほうが、この判断の輪郭ははっきりする。開業前のインドミナスは、まだ一円も稼いでいない、開発費のかかった未稼働の個体だ。実弾で仕留めれば、会社にとっては特別損失そのもの。危険な生き物を野に放ったまま、無傷での回収にこだわったのは、決算書を守るためだ。

恐竜一体が背負う、開業前の借金

この判断を財務諸表の目線で見ると、また別の輪郭が浮かぶ。インドミナスは、専用の飼育施設と長期にわたる遺伝子研究——莫大な先行投資の結晶だ。開業前のプレビュー段階である以上、チケット代やグッズ代としての収益は一円も発生していない。帳簿の上ではまだ、費用だけを積み上げた借金に近い状態にある。

実弾を撃ち込むのは、稼働初日を迎える前の設備を自ら手放すのに等しい。クレアの判断を経営合理性で読み解くなら、彼女が守ろうとしていたのは客の安全より先に、まだ回収していない投資額だったとも読める。ただしこれは財務諸表を覗き込んだ側の深読みで、劇中の台詞がそこまで言っているわけではない。

変わらなかったのは、恐竜ではなく会社の方だった

ジュラシック・ワールド
© ジュラシック・ワールド — TMDB

ネドリーへの出し渋りも、検証を飛ばした安全策も、サンディエゴの乱獲も、インドミナスを巡る限定対応も、根は同じ場所にある。目先の前進を優先し、確認と補償を後回しにする。経営者がハモンドからラドロー、そしてマスラニ傘下の匿名の取締役会へと移っても、この順序だけは一度も逆転しなかった。

インジェン社が生み出したのは、恐竜だけではない。危機のたびに同じ選択を繰り返す癖の、丸ごとの継承。

パークは何度も崩壊し、経営者は何度も入れ替わった。技術者への出し渋り、検証不足の安全策、乱獲、そして客より先に守った資産——三十年近くのあいだ、危機の前で会社が最初に守るものだけは一貫していた。どの局面を切り取っても、そこに立っているのは同じ会社の顔だ。

ジュラシック・パーク

ジュラシック・パーク

Jurassic Park

  • 監督スティーヴン・スピルバーグ
  • 公開1993年
  • 上映時間127分
ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク

ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク

The Lost World: Jurassic Park

  • 監督スティーヴン・スピルバーグ
  • 公開1997年
  • 上映時間129分
ジュラシック・ワールド

ジュラシック・ワールド

Jurassic World

  • 監督Colin Trevorrow
  • 公開2015年
  • 上映時間125分

この記事を書いた人

FISHBONE 編集部

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